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リュウくんのこと ( 5 回 目 )

kage

2018/06/19 (Tue)


講演やらなにやらで気ぜわしくまた、記事の更新が途絶えていました。

さて、リュウくんの話の続きです。
ことばを発したいけれどなかなか音を作り出せないリュウくん。

私はカルテをめくり直し、

赤ちゃんだったリュウくんは、テレビの前でおとなしく過ごし、お母さんにとっては
育てやすい子だった、少なくともお母さんがリュウくんの喃語を意識するほど
声を出すことがなかったし、泣くことも笑うことも少なかった、
成長とともにお母さんに伝えたくても何も伝えられないで、癇癪や粗暴行為が始まった・・・

ということを確認し、リュウくんに喃語の時期を通りなおしてもらおうと考えました。

発達には、臨界期というものがあり、3歳を過ぎたリュウくんに1歳前の発達のポイントである
喃語を取り戻してあげれるのか、不安もありましたが、
日本語の音韻への意識が明確化する4歳より幼い段階ではこれしかないと思い、
ことばの練習とは切り離し、音遊びをしました。

私も、そしてお母さんもびっくりしたことにリュウくんは発声発語器官の運動はとても器用で、
いろいろな音をすぐにまねして出してくれました。

ことばとなると全くうまく発音できないのに・・・

私の口元にリュウくんの注意が行き過ぎないように、
動作を入れたり、物を使ったりしながら、楽しく、
でも、リュウくんが興奮しすぎないように穏やかに・・・

そして前々回書いた指差しの練習(実質、指差し+復唱)を並行して実施しました。

リュウくんは音遊びで舌打ちができると復唱の中でも[タ行音]が出だす、
咳払いができると[カ行音]が出だす、というように
獲得した音をことばの中で使えるようになっていきました。

太鼓は初めは『アーオ』それから『ターオ』そして『タアコ』ついに『タイコ』というように
徐々にことばの中でも上手にまねできる音が増えてきました。

これぞ私が狙っていたこと、幼い子はこの言葉はこう発音してなんて意識しないで
自然に聞いたことばが口から出てくるのです。

私は指差しの時はターゲットの音を意識させるような言い方はぜず、
あくまでも自然の高さ、自然の速さの声で「たいこ」とさらりと言い、彼の指差しを確認するだけで
彼が声を出そうが出すまいが無関心を装っています。

上手に言えても、もちろん私は「上手ね~」なんてほめことばは使いません。
それは発話に対する緊張を誘発するだけだからです。

もちろんお母さんもことばが上手に言えても褒めません。

そして訓練開始から半年、ほぼ、すべての音韻を正しく構音し、
絵本を指差しながら物の名前を自分で言うことができるようになりました。
会話も少しずつ成立するようになりました。

でもまだ、二語文がやっとといった感じです。エコラリア(いわゆるオウム返し)もあります。

そんなとき、ご両親は年少になるリュウくんのために普通の幼稚園を選ばれました。

 「えっ?療育センターの通園施設に行かれるのではないのですか?
  (確か療育センターの発達検査の時そう勧められたと聞いていた)」と心配する私に

お母さんは、

 「なんか違うと思ったんです。どうしてこの子はしゃべらないんですかと聞いたとき、
  自閉症だから仕方がないといわれました。生まれつきなんだからお母さんのせいではないと、
  今まで大変でしたねって同情までされて・・・でも・・・

  rainwoman先生はことばが出るように最善を尽くしますと言ってくださったし、
  私にはテレビを消して穏やかで規則正しい生活をと
  私がするべきことを明確にアドバイスしてくださいました。
  そして、リュウはここまで成長しました。

  私たちはrainwoman先生の考えに似た理念を持った園にリュウを通わせたいのです。」

(そっかー、私のせいかー、大丈夫かな?)

園や学校選びは、私は口出しをしないことにしています。
集団の中の子どもの様子は私には見えないし、
受け入れ先に私がいるわけでもないので、無責任にどこが良いなんて言えません。


聞けば、一学年20人未満で、英会話も体育教室も無いとのこと、
テレビも一切見せず子どもたちが穏やかであるということ・・・( いいかもね )

まだ対人恐怖があって、知らない人から声をかけられると思わず奇声が出てしまったり、
泣いてしまったりすることがあるリュウくんですが、園に見学に行ったときは
お母さんのお尻に隠れてはいたものの終始ニコニコしていたとのこと。

 「リュウくん、幼稚園行くの?」   「イクノ」
 「楽しみ?」    「タノシミ」
 「幼稚園で泣くかもねぇ?」    「ナクカモ??? ナカナイ!」

rainwomanの意地悪な質問にうっかりエコラリアになりそうでしたが、
ここはきっぱり泣かないと宣言したりゅうくんでした。


                             ― 続  く ー







リュウくんのこと ( 4回目 )

kage

2018/05/13 (Sun)

さて、重度の知的障害を伴う自閉症スペクトラムと診断されていたリュウくんですが、

お母さんが部屋の外に出ても落ち着いて座って遊んだり、
私が持っているものが欲しいときには私の顔を見ながら掌を差し出したり、
自分が触りたい玩具を指差しで教えてくれたり、

と、できることが増えていきました。

また、前回記事で書いたように、お母さんがことばを教えようとするのをやめて下さってからは
相手が言うのを、真似して声を出そうとするようになってきました。

「しまうま」は[マンマ―]
「うま」は「・マー」
「らいおん」は[アーオン]
「さる」は[ウー]

というように・・・


でも、なんか違う、幼い子の未熟な構音とは明らかに違う・・・・

そうです。

子音が無いのです。
リュウくんの発語には[m]以外の子音が無いのです。
母音も舌を後方に引いたような音で、自然の発達の中で出てくる構音とは明らかに異なります。

私たち言語聴覚士は、幼い子の未熟な構音には何の治療も施しません。
年齢とともに自然と構音は発達していくし、
幼すぎる子の構音の練習がいかにおおきな弊害があるものかを
私たちは誰よりも知っているからです。

口腔内の異常が無いのに、4歳ぐらいになっても上手に音を作れないとき
それは『機能性構音障害』と診断され、治療の対象となっていきます。

さて、リュウくんは
未熟構音ではなく、でも口腔内には何の異常もなく、
かといって機能性構音障害の訓練をする年齢でもなく
でも本人はことばを上手に言えるようになりたくて声を出す練習をしたがる
何とかしてあげたいな~


そんなある日、いつものファミレスでコーヒーを飲んでいるとき、ふと隣の席を見ると、
声を出す赤ちゃんに一生懸命お返事するおばあちゃん。

[ア~ア~] 「はあい、ばあばって呼んだの?」 赤ちゃんにっこり。
[ア~ア~] 「はあい」    [ア~ア~] 「はあい」

今度は赤ちゃん、ちょっとよだれを飛ばしながら[ブッブッブッー]
おばあちゃんも真似して「ブッブッブッー」
赤ちゃんは、とびっきりの笑顔を見せました。

これだこれだ、リュウくんには喃語(なんご)が無かったんだ!

喃語とはしゃべりだす前の赤ちゃんがいろいろな声を出しておしゃべりの練習をすることです。
それに大人が返事をすることでコミュニケーションの練習にもなります。

テレビの前に置かれたリュウくんは喃語を出すことも少なく、たまに出していたとしても
お母さんは気が付かなかったかもしれません。


それからしばらくは私はリュウくんと音遊びに興じました。

ティッシュペーパーを[ふーっ]と吹いたり、
ほっぺをぷうっと膨らませておいて両の手でポンと叩いて[ブッ]と音を出したり、
ベロを唇の上に出して左右に動かし[レロレロ]したり
[アー]と言いながら口を掌でたたいて音を途切れさせたり、

動物の鳴き声をまねたり、乗り物の音をまねたり、

お母さんにも時々見てもらい、家でも声をたくさん出しながら遊んでもらうようにお願いしました。
くれぐれもことばの練習をしているという意識を持たないように念を押しながら・・・


高くない声で、力みの入っていない声で・・・・自然に、自然に、
興奮させないように穏やかに・・・・

                                


   ―  続   く  ―









リュウくんのこと ( 3 回目 )

kage

2018/04/24 (Tue)

重度の知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害と診断されたリュウくんの話の続きです。

知らない人への極端な恐怖心を持っているリュウくんに私は無理に近づこうとはせず、
テレビのごとく、彼の前で勝手に話し、動き、
そして私の存在に警戒心が薄れたところで、物のやり取りの訓練を開始しました。

相手から物をもらう意識が育っていないのに相手の気持ちを受け取ったり、自分の気持ちを
相手に差し出したりはできないからです。

私が持っているものを勝手に取ろうとするリュウくんに私はすぐには渡さず、掌を上にしたら
(それが欲しいというサインを出したら)渡すことから始め、
次に欲しがっているものをわたしの顔の前に持ち上げ、それを見たら掌の上に渡す、
次に、物は上に上げていなくても私の目を見たら、渡す、というように進めていきました。

相手の顔を見て気持ちを表現し、それが伝わると思いが実現することを体験してもらいました。

また、勝手に立とうとするときは肩をそっと抑えて制止し、「どうぞ」と言ってから立たせました。


比較的に早く、私の指差すところを見ることができたので
今度はリュウくん自身が指差すということを教えました。

指差しは多くの自治体の乳幼児健診のチェック項目に入っています。
コミュニケーション発達の指標となる重要な動作だからです。

人は眼前にある自分の関心事を人に伝えようとするときこれを見てというように指をさします。
例えばお母さんが赤ちゃんに「ワンワンよ」と言いながら犬を指差し、見せようとしたり、
また話し始めた赤ちゃんが「ワンワン」と言って犬がいることをお母さんに教えようとします。

指差しをつかさどる運動野下部という脳の部位は言語野と呼ばれる部位のすぐそばに
位置しています。ことばの発信と指差しはこのようにとても密接な関係にあるのです。

私はリュウくんの右手で握りこぶしを作らせ、人差し指を立てさせて、私の左手で保持し、
開いた絵本の上に持っていきました。

私は「りんご」といいながら、右手でりんごの絵を指差し、同時にリュウくんの人差し指でも
りんごの絵を指差させました。
同じように「いちご」「みかん」と言いながらリュウくんの指先もそこに運びました。

意外とリュウくんは抵抗することなく私のなすがままで、数分間、この練習は続きました。

帰り際、いつものようにお母さんにアドバイスをします。
「お母さんは真似しないでくださいね。」

お母さんの目にみるみる涙が溢れました。
「先生と同じように絵を指差して『リ・ン・ゴ』って言って、リュウが声を出すのを
待っていました。」

「ごめんね、お母さん。
お母さんが言葉を教えようとするとリュウくんはますますしゃべらなくなってしまいます。
りんご食べる?とか、絵本を見ているときはここにりんごがあるねとか自然に話しかけてください。
くれぐれも教えようとか、しゃべらせようとかしないでください。」

次の週、ミニカーやパズルで一通り遊んだ後、
「リュウくん、次は何をしようか?好きなの持ってきていいよ。」
と言ってリュウくんを席から立たせるとなんとリュウくん、先週使った絵本を持ってきました。
「りんご」、「いちご」、「みかん」私は、リュウくんの右手を支えている自分の左手を
そっと放してみました。何とリュウくんは、人差し指を立てたままで、指差しを続けました。

おまけに指差しながら何かもやもや声を出しています。

初めての来院の日の泣き声以来、リュウくんの声を聞くことができました。
(お母さん、練習やめてくれたのですね・・・ありがとう。。。。)

そして数週間後、動物の絵本で指差しの練習をしているとき、私が「しまうま」というと
リュウくんも[マンマー]と真似して、しまうまを指差しました。(いったよ~!)

お母さんは、すかさず「リュウ、すごい、しまうま、いえたね~」と大喜び。
さすがに私はそこで水を差すようなことは言えませんでしたが、また帰り際、

「お母さん、これから少しずつことばが出てくると思いますが、もっと上手に言わせようとしたり、
褒めたりしてはいけません。褒めると声を出そうとするときに力んだり、恥ずかしい気持ちに
なったりしますから、自然に、ほんとだ、しまうまがいるね、くらいにしておきましょう。」

いつもいつもお母さんがしていることにケチをつけてしまう私です。
でもお母さんはそれも全部飲み込んでくれました。


どうしてテレビはいけないのか、
どうしてことばは教えてはいけないのか、
どうしてことばを発したことを褒めてはいけないのか、

お母さんを困らせてばかりいる rainwoman ですが、
その説明はまた後日ゆっくりするとしてもう少し、リュウくんの話を続けさせてください。



                                               ― 続  く ー




リュウくんのこと(前回からの続き)

kage

2018/04/03 (Tue)


リュウくんの第一回目の訓練日はリュウくんはお母さんのお膝の上、
警戒心の強い彼と私は目を合わさないようにしてお母さんに問診をしました。

さあ、どんな作戦で彼と仲良くなっていくか・・・

以前の私は重度自閉症の子どもさんが来られると、まずは家具のように存在しようと心に
決めていました。人に対する親和性の薄い子にいきなり近づいたり(いくら姿勢を低くして
いても)、話しかけたり(いくら優しい声でも)しても、すぐにすり抜けられてしまうのです。

だから、私は人ではなく、物として慣れてもらうことから始めていました。

しかしながら、リュウくんは対人的な親和性が薄いというよりむしろ、
対人的な恐怖を持っています。
初回お会いした時に比べ、私の方に随分と視線を送ってくれるようになってはいるのですが。

「私、テレビになってみようかな・・・」

さて、一週間後、やっぱり、リュウくんはお母さんの膝の上、
私は子ども用の机の前に座り、ミニカーを持って「ブッブー」と言いながら動かし始めました。

リュウくんは車に視線を送っています。私は周辺視野で彼の様子を確認します。
人には慣れていないけれど、自分のことを見たり話しかけたりしないテレビには
随分慣れていたわけだし・・・

「リュウくんも遊んできなよ。」とお母さん。
その一言でリュウくん、お母さんにしがみついてしまいました。

私は、リュウくんにもお母さんにも視線を向けないままで、
「お母さんは声を出さないでくださーい。」

「オッと、赤信号だ。キッキー(ブレーキ音のつもり)。」
「あっ、青になった。しゅっぱーつ!」

しばらく続けているうちにリュウくんんはお母さんの膝から降りてこちらを見ています。

「次は、電車にしようかな」
「ガタン ゴトン ガタン ゴトン」

リュウくんは段々私のそばに寄ってきました。そして何も言わず、勝手に私の電車を取って
机の上で走らせました。
私は「ガタン ゴトン ガタン ゴトン」と電車の音を演出しました。

(人との物の受け渡しの意識はまだない・・・)

こうして訓練時間が過ぎ、帰り際にお母さんが言われました。

「リュウが家族以外の人に近づいていくのを初めてみました。ビックリです。」

「私、今日は人ではなかったですから (笑) 」
「えっ?」
「今日は話しかけもしなかったし、視線も向けませんでした。リュウくんが警戒しないようにね。」


次の訓練日にはリュウくんはすんなり近づいて来て私が持っている電車をとろうとしました。

私は電車をギュッと握って離しません。
リュウくんは私に視線を向けることなく、何とかそれをもぎ取ろうとしました。

「電車がいるんだね。」そう言ってリュウくんの掌を上に向けその上に電車を載せました。
物の受け渡しを人としているという意識が無い段階で、ことばのやり取りができるわけが
ありません。やり取りの練習の始まりです。

今日は、乗り物の型はめパズルを出してみました。
電車のピースをこれ要る?と訊きながらリュウくんの掌を上に向け載せました。

リュウくんはそれも走らせようとするので、
「ガタン ゴトン ガタン ゴトン、駅はここでーす。ここに入れてください。」
とピースがはまるくぼみを指差し、そこに導いていきました。

「バスはここに留まりますよー。ブッブー」指差している場所にバスを導いていきます。
「飛行機はここに着陸してください。ビューウン」

何とリュウくん私の指差すところをしっかり見ているではありませんか。

帰りのお母さん、「こんなに集中して遊べるのですね。」

「私の指先を見てくれました。お母さん、テレビを消していてくれたおかげです。
 自閉症の子どもさんはなかなか人の指先を見ることはできないのですよ。」



                               ― 続  く ー








✿  リュウくん、卒園おめでとう ✿

kage

2018/03/25 (Sun)


今日は、 リュウくんの卒園式の日です。

私は参加することはできませんが、リュウくん、眼を伏せながら緊張した足取りでステージに
上がり、卒園証書を園長先生から渡されて、そして振り返ったときには、恥ずかしそうでは
あるけれど晴れやかな表情になって壇から下りてくる姿が目に浮かぶようです。

リュウくんにはじめて会ったのは2歳半を過ぎたころ、

お父さんのご実家がある町への転居が決まったときに、お父さんのお兄さんから、

「ずっと言えなかったけれども・・・リュウくんは、自閉症だと思う。
でも、せっかく帰ってくるのなら隣の町に、rainwoman という言語聴覚士がいるから
診てもらうといいよ。」

と助言されたということで私の勤め先の診療所を訪ねてこられました。

リュウくんは、名前の力強い響きのイメージとは裏腹で、色白で小さくて弱々しくみえる
男の子でした。父母と診察室に入り、医師が話しかけたとたんに、金切り声を上げて
泣き叫び、診察不能ということで私が対応役として呼ばれました。

待合室に戻り、泣き止んでいたリュウくんですが、私がご両親と話していてもこちらに視線を
向けることなく、でも、「リュウくん」と声をかけると途端に怯えて、お母さんの陰に隠れました。

ことばが出ないことと、思いが通じないので叫んだりお母さんを激しく叩くことがある
ということでした。

また、自分の頭を床にたたきつけることもあるとのこと・・・

顔面の筋肉が極端に少なく顎も小さくて、しっかり食べたり、話したり、笑ったりの経験が
少ない子どもさんだと即座に思いました。

「申し訳ありませんが、今日はご予約なしで来院されているのであまり時間が取れません。
訓練ご希望とのこと、予約の名簿に、名前を入れておきますね。
少し、この場所になれてから、詳しい診察や検査を実施しましょう。」

「それから、リュウくんにテレビをかなり見せていますね。」

「はい。見せておくと静かにしていてくれますから・・・」とお母さん。

「テレビは見せないでください。スマホやタブレットも、
とにかく画面を見せないようにして下さい。」

実際にはもっとやんわりと、お母さんの表情を見ながら言葉を選びつつお伝えしました。
お母さんは、しばらくの間、ポカンとした顔をされて、
そしてきっぱりと、

「テレビはよくないのですね。わかりました。頑張ります。」と言い残して帰られました。



それから数か月後リュウくんは3歳になろうとしていました。
訓練室に入って、リュウくんを膝に乗せたまま、お母さんはすぐに話し出されました。

「あれからテレビは一切見せていません。」

その言葉に私の方が少し驚きました。
だって、一回や二回の指導でそこまでやってくれるお母さんはまずいないのです。
テレビを見ないのは不可能と思っておられる方がほとんどです。
私を推薦してくださったお義兄さんをよほど信頼されているのでしょう。

「それでリュウくんに何か変化がありましたか?」

「とっても。」とお母さん。

「まず、叫ぶことがほとんど無くなり、私を叩いたり、自傷行為も無くなりました。
ある程度の時間、おもちゃで一緒に遊ぶことができるし、公園でブランコや滑り台
も楽しむようになりました。ただ、知らない人から声をかけられると怯えて、
叫びはしないのですが、泣きそうになったりします。」

「ことばは出るようになりましたか?」

「いいえ。でも、以前は泣き声と叫び声以外は出しませんでしたが、
この頃は何か伝えたいような感じで『アッ、アッ、アッ、』と声を出すようになりました。」

「それから、引っ越し前に療育センターで診てもらい、重度の知的障害を伴う自閉症と
言われました。そこで紹介状をもらって、こっちでも療育センターに行ったのですが、
診断は同じで、療育センターへ母子通園することになりました。
4月からは別の通園施設への入園を進められています。」

お母さんへの問診の間、私はリュウくんには視線を送らず、私に対する構えを作らせない
ようにしていました。

「それでは引き続きテレビ無しで、頑張ってください。来週同じ時間でお待ちしますね。」


リュウくん、確かに、自閉症の特性を持っているのだけれども、なんかしっくり来ないな~

対人的な緊張の強いリュウくんとどうやって仲良くなろうか・・・
と考えながら1週間が過ぎました。


                                    ―  続 く  ー







なりたい自分になるということ・6

kage

2017/02/22 (Wed)

皆さん、こんにちは。

小学生になったK君のお話です。初めての方は是非、昨年9月8日付の記事から順に読んでください。

K君は親から遊んでもらった経験も少なく、保育園でもルールが守れないし、衝動的に粗暴な行為が
出てしまうので、同年齢の子どもたちと楽しく遊ぶのはとても困難でした。
1年前に私が担当になってからやっとすごろくやトランプなどルールに従って相手と競う遊びや、
ごっこ遊びの楽しさを知るようになったばかりでした。

私は再三、担任に他児が遊んでいる場面に上手に誘導してくださいとお願いしていましたが、
担任は「大人の力を借りず、自分から参加できる子になって欲しい」
と休み時間のK君を一人で放置しました。

「それができるのであれば、何も困らないんだよ~。」
「やれないことをやれるように上手に導くのが指導者の役割でしょう。」

しかし、私の心の叫びは担任の固まった信念を揺り動かすことができませんでした。

ある日、K君はお母さんの後ろに隠れるようにして、来院しました。
あいさつをして訓練室に導こうとするとお母さんが、
「あの~、3日ほど前のことなんですけれども・・」と話し始めました。

K君は私とお母さんの間に入って、「ママー、言わないで、言わないで、」と泣き出しました。
お母さんはそれに構わず、話し続けられました。

昼休みに一人で教室に残ってパトロールごっこをしていたそうです。教壇のあたりを自分の基地に
して、そこへ掃除の手伝いをしてくれる6年生の男の子が4人ほど入ってきて、K君はとっさに
「怪しいやつ、ここから出ていけ、さもなければ撃つぞ!」と両手で銃を構える真似をして・・・
それで「お前、バッカじゃねえの。」と言われてカッとなり、先生の机の上のハサミを取って、
「貴様、ぶっ殺してやる~」その6年生を追いかけまわしたとのことでした。

まあ、年齢差がありますから事なきを得ているのですが、担任は大きな問題と考えたようです。

物で相手を傷つけようとする行為はこの1年ほどは全くなかったのですが、

お母さんから話を聞いている間にK君は訓練室に入り、中から鍵をかけて、
隅でうずくまって泣いていました。

「K君ごめんね、先生、鍵持ってんだ。」と近くに行こうとすると
「先生、来ないで、来ないで、怖い、怖い・・・」と言って泣きました。
「先生、怒ってないよ。」と言っても「怒ってる、怒ってる・・・」と言ってまた泣きました。
「ねぇ、」と言いかけると、「怒らないで、怒らないで、先生の声、怖い怖い・・・」
「優しくいって、優しくいって・・・、怖い怖い・・・」(これ以上優しくはいえないな~)

今回は、15分経っても20分経っても、同じ調子です。全く私に話をさせてくれません。
とうとう30分が経過しました。次の子どもが来る時間が迫っています。

私は最後の手段に出ることにしました。

「うるさい!黙りなさい。」

私も、少し感情的になっていたのでしょう、自分が予定していたよりも
大きな声が出てしまいました。
「何があっても君のことが大好きだよと言いたいだけだよ。」と荒っぽい声で続けました。
K君はワアーッと泣いてそれから泣き止もうとしばらくしゃくりあげ、自分から椅子に座りました。

彼は蚊の鳴くような声で聞きました。「僕のこと、好きなの?」「 どんなことがあっても?」
私はうなづき続けました。

「今日は僕、帰るね。」
部屋から出て私はお母さんに謝り、お母さんも私に謝り、そして帰っていきました。


君は優しい人になりたいし、そして君は愛される人になりたいんだ。


それからは、私の前で取り乱すことはなく、自分から学校や家庭でのトラブルを報告し、
今度そんな場面に出くわしたらどうするかを2人で考えました。

2年生からは情緒学級という区分の特別支援学級に在籍し、今度は体格の良い男の先生でした。
この先生は、子どもたちに「こうなって欲しいという姿」を押し付けることなく、
「こうなりたいと思う自分の姿」を明確にしていくことを手助けしてくれる先生でした。

K君はみるみる落ち着き、発音の練習も進んで、そろそろ卒業かなと考え始めた頃でした。

教材を取ろうと席を立った私の背中にK君が言いました。
「rainwoman 先生って変だよね。」
私は後ろを向いたままで「何が?」と聞きました。

「大体、先生みたいな仕事の人、ほら、(他院の)児童精神科の先生達とか、療育センターで
検査をしてくれた先生とか、僕が何をやっても文句言わないよ。」 「で、私は?」
「口うるさいんだよ、扉はそっと閉めろとか、背中をまっすぐとか、ティシュは2枚までとか・・・」

「へぇ、悪かったわね、私は口うるさい人間です。はい。」といって、
彼の前の椅子に腰かけました。

「でもさ、これは何が何でも絶対叱られるなと思ったときに、絶対に叱らないんだよ。
僕にそれはだめだと一回も言ったことがないでしょ。一回も僕を叱ったことが無いんだよ。」

「一回、どなったことがあったけどね(笑)、でもK君を叱りたいと思ったことは
一回も無いかな。」

「やっぱり先生、変わってる・・・」

まもなくK君は定期の訓練を終了し、数か月に一回の経過観察を続けることになりました。


君のなりたい自分は人に優しい自分、君のなりたい自分は人から愛される自分。


そして君はもう十分にそうなりつつあるんだよ。

                                    ( 完 )