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愛着障害…これは環境でつくられるものです

kage

2012/07/29 (Sun)

この前の続きを書きます。

自閉症の治療を自分のライフワークだと言い切りながら、ブログのテーマは何で普通に子育て?
と思われる方もおられるかもしれません。

最近の母と子の姿に心が痛くてたまらないのです。

赤ちゃんは生まれたばかりのころからお母さんの顔をみます。
お母さんの声にも耳を澄ませています。

そして、泣いたり、声を出したり、お母さんにサインを出して、
お乳をもらったり、オシメを替えてもらったりしながら、お母さんとの愛着をはぐくみ
月齢とともに人への関心は強くなるのです。

街や病院で見かける赤ちゃんは、月齢が低い子は昔の赤ちゃんと何ら変わりがありません。
個人差はあるものの、か月ぐらいかなと思えば、大体その通りです。

そして、このくらいの子にこんなあやし方をするとこんな反応というのも予想を裏切られることは
ほとんどありません。

ところが7~8か月位から不思議な現象があります。あやしても反応がないのです。

ちょうど人見知りを始めるころです(つまり、お母さんから離れたくなくなる時です)が
「いないいない、バー」などが楽しくなる時期でもあるのです。
また、もう少し経つと、バイバイなどの動作の真似も上手になります。

ところが、無表情、目が合わない、あやしても無反応、
お母さんが抱こうとしてもすり抜けようとして抱きにくいといった子どもが
増えているように思うのです。

まるで自閉症のようです。

自閉症などの発達障害は生まれながらにその子がもっている特性であり、
お母さんの育て方が悪いからそうなるというようなものではありまん。
だから、時代とともに増えるはずがないのです。

でも、増えているように思う・・・のです。

つまり、自閉症ではないはずなのに、お母さんにサインを出しても無視されたり、
抱っこやおんぶなどのスキンシップが足りなかったりして、お母さんとの愛着形成がうまくいかず、
自閉症の症状によく似た愛着障害の症状を呈していることが増えているのです。


自閉症の人を不幸だとは思っていません。
周りの人に愛されて幸せな顔をしている人もたくさんいます。

ただ、お母さんが赤ちゃんサインを無視したり、世話をすることを面倒がったりすることで
愛着の形成が遅れ、自閉症のような症状が出ているのだとしたら非常に不幸なことだと思うのです。


”rainwoman ” について

kage

2012/07/24 (Tue)

梅雨明けとともに強烈な日差し、
唯一のリラックスタイムの庭仕事も朝7時までが限度。

室内に戻ってパソコンに向かっても、頭はボーッと働かず、更新記事が書けません。
rainwoman は梅雨空がお似合い?・・・

別に雨が好きなわけではないのです。
私が出かける日に雨が降るわけでもないのです。

お気づきの方も多いと思いますが、ダスティンホフマン主演の映画 『 Rain Man 』を
もじったものです。

この『 Rain Man 』も、雨とは関係ありません。
ダスティンホフマン演じる自閉症者「 Raymond (レイモンド)」、
トムクルーズ演じる弟のチャーリーは幼き頃、兄の名前を上手にいうことができず、
「Rain Man(レインマン)」と呼んでいたのです。

まだこの映画を見たことがない方、お勧めです。
ダスティンホフマンの自閉症(サバンと呼ばれるタイプ)は真に迫っていましたし、
自閉症をもう一度考えさせてくれる映画でした。
そして家族愛をたくさん考えさせられました。

さて、我が家の話に戻って、
5月の連休で息子が来た時に「ブログなるものをしてみたいんだけど・・・」というと、
「思い立ったら吉日、すぐにやろう。」と
さっそく、「ジャンルは?タイトルは?メールアドレスは?パスワードは?etc....」
と矢継ぎ早に聞いてきます。

まだ、具体的に考えていた訳ではないので「えーっと、えーっと、」と言いながら答えましたが、
「名前はなんにする?」と息子、
ゆっくり考えたいんだけど・・・もうどうでもいいや「rainwoman」となったわけです。

自閉症の治療を自分のライフワークと考えているのでこんな名前が浮かんだんでしょう。

自閉症は生まれながらのもので治ることはない、だから、その症状に合わせた環境を用意すると
いうのが、今の日本の自閉症療育の主流の考え方です。

確かに無理やり何かをさせようとした時代に比べ、今の自閉症の子ども達は幸せに見えます。

でも、科学的な根拠に基づいて治療すれば自閉性そのものをかなり減じることができます。
子ども達の可能性を信じて、日々の臨床に取り組んでいきます。

お母さん、抱っこして!

kage

2012/07/17 (Tue)

赤ちゃんが泣いたり笑ったり、声を出したり、それに母親が反応して母子の愛着が形成され、
子どもの健全な心身を作る基礎や、コミュニケーションの基礎ができたりすることを
しつこいほど書きました。

そうです。赤ちゃんが泣くのは悪いことではないのです。そして、それに答えてやることも、
それは生き物(子育てラインよりも上に進化した哺乳類)としての当たり前の行動なのです。

時々、赤ちゃんが泣いてすぐに抱くと、抱き癖が付き、「自分で遊べない子になる」とか
「自立できない子になる」など、訳の分からないことを言って赤ちゃんを抱こうとしない
お母さんがいます。いや、もっと言えば赤ちゃんの声を無視しているお母さんがいます。

赤ちゃんが神様からもらった本能を駆使してお母さんに出しているサインを無視していると
とんでもないことになります。

自立とは孤立ではないのです。お母さんに抱かれた安定した情緒の中で子どもは自我を育て
それが後々の自立した人格形成につながります。
遊び方も一緒に遊ばないと楽しく遊べるようにはならないのですよ。

というわけで、抱き癖や癇癪の対策としては、まず、予防。
新生児の時から、赤ちゃんが泣けば、すぐに近くに行き、声をかけながら理由を探ります。

お尻が濡れていればすぐにおむつを替える、暑ければ涼しくしてやる、口の横をつついてみて
お乳を欲しそうな口になればお乳をやる。

ドタバタ早くやる必要はないですよ。穏やかに、「おむつ換えようね」とか
「おなかすいていたの?」とか話しかけながらやってください。

そのうちに赤ちゃんは声を出せばお母さんが来てくれることを学び、
その安心から安定した情緒がつくられていきます。なかなか来てくれないお母さんだと
不安で大きな声で泣くようになります。

それでも来てくれなかったら赤ちゃんは発信することをあきらめ、
コミュニケーションの発達の妨げになります。

それから、おっぱいは欲しいときに欲しいだけあげるが新生児期の基本だと思います。
栄養が十分であることも情緒の安定や心身の発達になくてはならないものです。

赤ちゃんの時に太っていたら太りやすい体質になると思っている人がいますが、それは誤解です。
心配しないで飲ませてやってください。2か月ぐらいになると飲む回数も量も安定してきます。

でも、すでに抱き癖が付いちゃったという人。

初心に戻って、子どもが声を出したらすぐ行くという基本を実行してください。
子どもが声を出す前にお母さんの方から声をかけるともっと効果的かな。

「今日はご機嫌ね」「あんよ(足)をバタバタさせたいの」など話しかけながら
自分の指を赤ちゃんに持たせてみたり・・・

抱いてほしいというだけで、激しく泣いているときはそばに行って声をかけ、
少し、声がおさまったところで抱いてやるといいと思います。
マックス泣いているときに仕方なく抱き上げているとその泣き方でないと抱いてもらえないと
学習します。

いずれにしろ、お母さんがいやいや抱いていると子どもの情緒は安定しません。
お母さんが赤ちゃんのことをかわいくてたまらなくて自分の方から抱っこしたくて
たまらなくなれば自然と赤ちゃんの大泣きはおさまります。

いつも抱っこしているのに・・・と言っているお母さん。
今の赤ちゃんは早くからベビーカーに乗せられ、
家に帰ってもベビーラックやベッド、サークルの中。
昔のお母さんは子どもを背負って家事をしていました。洗濯機や掃除機がない時代に。

ニホンザルの赤ちゃんは移動のときも食事のときもいつも赤ちゃんを抱っこしたり
おんぶしたりしています。

それに比べ、今の人間の赤ちゃんは放置されている時間がとても長く、
情緒不安定になる状況に置かれている子がとても多いのです。

どうか赤ちゃんにたくさん話しかけ、たくさん触り、たくさん抱っこしてあげてください。


子育てラインについて

ママたちにも言い分があるよね

kage

2012/07/15 (Sun)

あんなこんなで大変な船出だと思っていた子育ても、神様から仕組んでもらった息子の笑顔と
泣くというサインのおかげで私の母性にもスイッチが入って、日に日に子どもが愛おしくなり、
子育ても楽しくなっていきました。

しかし、その間を支えてくれたのは母が見せてくれたお手本であり、近所の方々の励ましでした。
それから私自身にも小さいころから身に沁みこんでいた日本の子育て文化の残像がありました。

私には弟と妹がいましたし、近所にも子育て中のお母さんがたくさんいて、子育てってどういう風に
するのか、親は子にどのような接し方をするのかが記憶の底に残っていたのです。

今は地域社会の力(近所付き合い)が弱っていて新米ママは孤独に子育てに取り組んでいる
ことが多々あります。
また、核家族で、一人っ子で育ったママはいよいよ子育てのイメージがわきません。

さらには、私の世代は「人のために生きよ」と教えられましたが、
いまは、「あなたの好きなようにしていいんだよ。無理しなくていいんだよ。」
と言われながら育った人も多いのです。

だけど、赤ちゃんはお母さんが一人で楽しむことなど許してくれません。
お母さんのペースとは関係なく次から次へと注文してきます。

そう考えると、自分の当たり前をすべて逆にしなければならない今のママたちの大変さは
私の時の何倍もあるんだろうなと思います。

紙おむつや離乳食なども簡単に手に入り、子育ての手間も減っているようには思いますが
一つ便利になれば人間の機能も一つなくなると以前書いた通りで、結果、より大変な事態に
なることもあります。

例えば布おむつの子は1歳から1歳半でオシッコを教えるようになりますが紙おむつの子は
3歳ぐらいまでかかる子がいるのです。

相談にみえる母子やまちで見かける母子にいつも心を痛め、「しっかり子どもをみなさい!」と
しかりつけたくなる私ですが、そのような社会になっちゃったのは彼女たちのせいではなく、
私たち世代に責任があるのだと痛感しています。


トマト

トマト: たった1本植えたトマトですが直径8㎝ほどの実が次々と色づいています。
もう少しするとミニトマトも最盛期にに入り、我が家はトマトリッチになります。

神様からの贈り物

kage

2012/07/07 (Sat)

庭で育てた花や野草をチョンチョンと切っては玄関や台所、ダイニングなどに飾っています。

それを眺めながら私、「家の中に花があると幸せな気持ちになるよね~。」と夫に同意を求める口調。
夫、「僕は団子がある方がうれしいけどね。」  私「あっ、そう。」

そうだよね。食べることが大好きだもんね。今度からはインドア改め花より団子亭主とよんでやるわ!
そういえば、お乳を飲んでも飲んでも満足しなかったあの子の胃袋はあなたに似ていたのよね・・・

30数年前の話です。
母が5日ほどで里に帰ってしまい、残された私と息子がどうなったかを書きます。

相変わらずお乳が欲しいし、ちっとも寝てくれない息子、
私の乳首からは血がにじんで、吸わせ始めの痛さときたら飛び上るほどです。

人工乳を足そうとしても哺乳瓶を見るだけで泣き叫び途方に暮れることもしばしばでした。

私が煮詰まっているとお向かいのおばさんが自分の所属している宗教団体の新聞をさり気に
持ってきてくれました。その宗教の宣伝は一切なし。「読んだら気が休まるよ。お金はいらないよ。」

その新聞には人にやさしくすることの素晴らしさなどが書いてありました。
でも、その記事の中身よりも、初めて子育てをしている私を応援してくれる人が周りにいて
くれるのだと思うとありがたくて涙が止まりませんでした。

その新聞は翌日から、息子があまり泣かなくなるまでの数か月間私のうちのポストに届けられました。

その頃は、真ん中の空き地を8軒で取り囲むように造られた借家に住んでいました。
その方以外の人たちもみな子育ての先輩です。よく私たちを助けてくれました。

私は親戚から野菜やらお菓子やらが送られてくるとすぐさま周りの家に配って日頃のお礼を言いました。
「人には一番いいところをあげるんだよ。」これも仲は良くなかったけれども母から受け継いだ文化です。

新生児期の『微笑み反射』は母子の愛着が育つように神様が仕組んだものです
(無宗教の私がいうのも変ですが・・・それほど神秘的な現象です)。
「あ~赤ちゃんはなんてかわいいんだろう。」とまだ母性が十分ではない新米ママが思えるように・・・
そして生命を維持するために『泣く』という機能も神様は持たせてくれました。

それをきっかけに母親がかかわっていくと40日ほどで母親を目で追ったり2か月ほどで
『社会的微笑み(あやすと笑う)』が出てきます。このころには泣くだけではなく
『クーイング』と呼ばれる語りかけのような発声も聞かれます。それに答えて母親も声をかけると
さらに赤ちゃんは声を出します。会話の始まりです。

また、おなかが空いたなど生命維持のために使われていた泣き声も母親に来てほしいなど
社会的に使われるようになります。

初めはどうしてこの子が私のお乳を吸っているのだろうとちょっと不思議な感覚でした。
でも周りの人達に助けられながら、子どもに関われば関わるだけ私の子としての実感が生まれ、
また自分の命と換えてでも守ってやりたいかけがえのない存在となりました。

抱き癖への対応まで行き着きませんでした。ごめんなさい。また書きます。


トルコキキョウとオレガノ

トルコキキョウとオレガノの花: オレガノは儚(はかな)すぎてよく見えないね。今度は昼間に撮ります。

赤ちゃんの抱き癖は悪いこと?

kage

2012/07/05 (Thu)

今日は母の化学療法の日です。

2年前に胆管癌で大手術をし、その後2週に1回の抗がん剤治療を外来で受けています。
弟の嫁と妹と私の3人で交代で付き添っていますから1か月半に1回私の役目となります。

前述のようにウマの合わない親子でしたが、母が点滴を受けている2時間余り、無駄話をしながら
足りなかった母子関係を取り戻しているような感じがします。

息子が生まれて間もなく、この母と大変な口論になったことがありました。

もともと淡白な関係ですから実家に戻ってのお産はまったく考えず、産後退院して1週間ほど
母に来てもらって家事や育児の手伝いをしてもらうことにしました。

3500gほどで生まれた息子はとても元気でお乳を飲ませても飲ませてもまだ足りないと泣きました。
体重は確実に増えていましたから母乳は出ていないわけではないのですがとにかく食欲旺盛。

右のお乳を15分、左を15分、また右を15分、左を15分、飲ませても飲ませても満足することなく、
子どもを抱き続けている私の腕は震え、乳房もしぼんでいます。

やっと眠ってくれてホッとすると1時間もしないうちにまた泣き出します。私も
『勘弁して・・・』って心の中で呟いていました。そうか~私もそうだったんだよね若いころは・・・

せめて2時間ぐらいは開けないとと思って私が知らんぷりしていると母が抱き上げ
「もう、おなかが空いたの~」と話しかけ息子をなだめています。

私は疲れのせいか、産後特有の感情の起伏のせいか、カッとなって「やめてよ、
抱き癖がつくでしょっ!お母さんは帰るからいいけど私はその後一人でこの子を
見ないといけないのだから」と怒鳴ってしまったのです。

母は「こんな時のために私は手伝いに来たのに」と言って家を出て行ってしまいました。

私は抱き癖の意味をよく考えもせずに、その頃人から聞いた話をうのみにして
とっさに言ってしまったのです。今のママたちと一緒だね・・・

その後帰宅した夫が街なかをさまよっていた母を見つけてくれて連れ帰ったのですが
それも今となっては懐かしく、点滴中の話の種です。

さて、赤ちゃんが空腹など不快を除去して欲しいとき以外にそばに来てほしかったり
抱いてほしかったりして泣くのは母親への愛着がしっかりと育ってきた証です。

愛着のサインに対する母親の応答性は子どものコミュニケーション能力の育ちやもっと言うと
人格の発達の基礎となるものです。子どもがサインを出した時に声をかけたり、抱き上げたり
することはとても重要なことなのです。

学歴もなく無知な母、私は意見が対立すると自分の方が正しいとずっと思ってきましたが、
子どものことを「宝」と呼ぶ国の子育て文化をしっかり受け継いできた母の方が正しかったようです。

そうは言っても、四六時中泣かれていてはつらいですよね。
次は、対処法を考えてみましょう。


続・赤ちゃんはどうして泣くのか・・・

kage

2012/07/01 (Sun)

日記風になりつつある私のブログ、
夫いわく「どこかの法律相談所みたいだね~」と某テレビ番組が法律とうたって弁護士を
ずらりと並べながら雑談にあけくれ、ほとんど本題に入っていかないのになぞらえているのです。

確かに・・・・でも、向こうは司会が変わってもそこそこ視聴率を稼いでいる?けどね・・・

子育てについてもっと発信したいと思って始めたブログです。でも、さすがに本業でものをいうときは
適当なことは言えないと緊張してしまって、勤務時間の延長になってしまう感じです。

でも、頑張るよ。
さて、

お母さんがチャットをしている間に1歳7か月の子どもがなくなっていたそうです。
保育士さんも何度も訪問していたようですが・・・

1歳児の放置死の記事

何とも切ない話です。
時代の母子像の凝縮がここにあるような気がします。


以前、赤ちゃんが泣く理由について書きましたがその続きを書きます。

生まれたての赤ちゃんは健やかに育つために神様からもらった「泣く」という手段を使って
空腹や暑い、寒い、お尻が濡れているといった不快感を養育者(主には母親)に知らせるのです。

泣くとお母さんが来てくれて、「そろそろ、おなかがすいたかな?」とやさしい声で
抱き上げられます。そして、母の懐という安心の中で空腹が満たされていきます。

このことを通して、赤ちゃんは、困ったことがあればお母さんを呼べばいいのだということを学び、
同時に母親を自分をいつくしんでくれるかけがえのない人だと認識していきます。

ところが泣いても泣いても要求が実現されなかったらどうでしょう。

もっと強い声で泣きます。するとお母さんがしぶしぶ「もう、勘弁してよ」なんてセリフで
現れたとしましょう。赤ちゃんは「聞いてもらえないのならもっと強く泣けばいいのだ」ということを
学びます。思い通りにいかないときは癇癪(カンシャク)を起せばよいという基礎ができます。

どんなに強い声で泣いても答えなかったらどうなるでしょう。そのうち、赤ちゃんは
発信することをあきらめてしまいます。そして、母が気が向いたときか決めた時間通りか
わかりませんが来るまで放置されるのです。

その極端な例が先ほどの事件です。

このように、赤ちゃんが泣くのには生命活動が円滑におこなわれるために仕込まれた手段という側面と
母子の愛着の形成のための道具という側面があります。

母子の愛着はのちのちほかの人たちとの人間関係の基本となるべきものです。

この時期にしっかり接することをしないで「うちの子は言葉がおそい」だの「癇癪が手に負えない」など
言わないでほしいのです。

次回は「抱き癖」について書きますね。