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お母さんが足りるということ

kage

2012/11/29 (Thu)

前回の記事で『家で十分にお母さんに相手をされていない子どもさんは決まって「イヤ」というか、
無視して遊び続けます。』と書いたことでコメントをいただいたので、もう少しそのことについて
書いてみたいと思います。

お母さんが十分に相手をする・・・つまり、子どもにとって『お母さんが足りている』ということは
どういうことなのか・・・


私の職場は行政と密接に連携を取りながら仕事をしています。
ことばのことが主訴で通院されていても、それは他の問題(知的な発達の遅れや、社会性の発達の
遅れなど)の症状の一つであることが多々あります。だから、その子どもたちが滞りなく
必要な行政のサービスを受けたり、適切な就学先に進んでいただけるよう、保護者の方々に許可を
取って、行政と情報を共有するようにしています。

さて、今年の5月のこと、就学相談(子どもさんが学校で特別な支援が必要かどうかを保護者、
行政、学校で相談する場)を前にして、市の職員との連絡会議がありました。
私のところで通院治療中の年長さんについて、就学に際しての判断が適正に行われるように
市の職員と情報交換をしたのです。

会議も終わりになろうとする頃、うちの中堅の言語聴覚士が待ったを掛けました。

「Mちゃんが抜けています。」

Mちゃんはまだ2年目の若い言語聴覚士が担当している女の子です。
「訓練室への入室時など、お母さんにまとわりつき、スムーズに行ったのを見たことがない。
長く通院しているのに挨拶もできないでモジモジしている。年長さんの姿としては幼すぎる。
何らかの支援が必要ということで市の方でも把握されていると思っていたのに・・」というのです。

若い言語聴覚士は自信なさげに「就学には支障のない子どもさんだと思います。」とか細い声。

Mちゃんは私が留守をする曜日に来院される子どもさんで、モジモジする子であることは
報告を受けていましたが問題になる程とは把握していませんでした。

すぐにカルテをめくって確認作業。
保健所のことばの相談で、発音の問題と軽い吃音(どもること)を指摘されて、発音の治療が
開始されています。知能や社会性には問題ないとされています。

せっかくの中堅言語聴覚士からの指摘を無駄にすることが無いように、
担当には再度の検査を指示し、私は本人と母親との面談日を設定しました。
また、市の職員には保育園での様子を確認していただくようにお願いしました。

検査の結果は、知能は平均以上、得意、不得意の差もあまりなく、社会性を示す数値も良好です。
保育園からの報告も問題なし、むしろ、皆のリーダーシップを取れる子どもさんとのことでした。


面談日、まず、Mちゃんから呼び入れました。2年ほど前に保健所で会ったきりで、
彼女にとっては、ほぼ初対面みたいなものですが、スムーズに着席しました。

私が、保育園や家族のこと等質問すると素直に答えてくれます。
その間、吃音であることを隠したい気持ちからか、体をクネクネと動かしたり、唇を突き出したり、
少し落ち着きがないなとは思いましたが、質問への答えは的確で、私に協力的でした。

次にお母さん、

お母さんは緊張されているのか視線を合わされることが少なく、ほとんど表情が変わられません。
その中で、ことばのことはもうあまり心配していない。保育園でも心配ないといわれているので
訓練も終了していいのではないかと思われていることを淡々と伝えてくださいました。

そこで困ったことはないのかお尋ねすると、
「一緒にいるとずっと私にまとわりついていることです。」と言われました。

どちらかというと一人で静かに過ごすのが好きなタイプのお母さんと、人付き合いが大好きな
タイプのMちゃんという組み合わせです。
Mちゃんはお母さんとたっぷり遊びたいのにお母さんは離れて遊んで欲しいと思っているのです。

おまけにお母さんは介護施設に勤めておられて毎日遅くまで保育園、週に1回は夜勤もあるのです。
Mちゃん、お母さんが足りないんだね・・・

私は、訓練を終了にして欲しいと思っているお母さんに静かに話し始めました。

「Mちゃん、吃音を気にし始めているのでもう少し診させてもらえませんか?
吃音の治療は若い人には荷が重いので担当は私に変わります。
そして、本来のMちゃんらしく、落ち着いて行動できるようにしたいのです。
お母さんにまとわりつくのも減ると思いますよ。」

とにかくもう少し通院していただいて、お母さんが徐々に楽しくMちゃんとかかわって
いただけるようになるといいなと思って面談を終了しました。

つまり私はMちゃんにとって『お母さんが足りている』状態を作りたいなと思ったのです。


・・・続く・・・

rainwoman majic

kage

2012/11/23 (Fri)

私は、rainwoman majic と呼ばれるワザを持っています。

目を凝らしても、画面上で何か不思議なことが起こるわけではありません。
もちろん現実の世界でも人を驚かせるようなことをしているつもりはさらさらないのです。

前記事で紹介した地域の保健所での相談場面、
私はあまり形式的な検査などはせず、お母さんへの問診と、子どもさんが自由に遊ぶ姿や
その時の発話の様子から、心身の発達の状況、社会性やコミュニケーション能力、
発声発語の状況などを診ていきます。

だって、初めての人の前で、子どもがベストのパフォーマンスができるなんて思えないのですもの。
できるだけ自然に遊ばせて観察するのが一番だと思っているのです。

相談室はかなり大きな部屋なのですが、そのコーナーに3畳ほどのカーペットがしかれており、
小さなテーブル、そしてお絵かきボードやおままごとセット、簡単なパズル、ブロックや積み木、
電車やバスなどの乗り物の玩具などが置かれています。

ほとんどの子どもさんは初めて入室するときは緊張した表情をしていますが、玩具が目に入ると
パッと明るい顔になります。私の前に置かれた椅子に座ってのあいさつや簡単な質問に
応じられない子や飽きちゃった子は玩具で遊ばせるようにしています。

「先に遊びたいの?」とか「お靴、脱いで上がってね。」などの声掛けにどう反応するか
(同時にお母さんの反応も)観察しながら遊びがスタート。

警戒されないように自然にスタッフが近づき遊びの相手をしてくれます。
家にはない玩具や上手に遊びに付き合ってくれる相手を見つけ子どもはどんどん遊びに入り込み、
自宅にいる時と同じようにリラックスして、いやそれ以上に盛り上がって、声を出し始めます。

この子はブロックでの一人遊びに夢中、スタッフからの働きかけにもほとんど応じないな・・・
目も合ってないね・・・声が高い!

この子は次々に新しい玩具に触るね・・・オッと玩具投げちゃったよ・・・時々叫ぶね~

などと子どもの様子を見ながら、お母さんへ日頃の生活ぶりや家族の状況、気になる症状や
その他生活上で困っていることなどを問診して、およその診立てがついたら、その子の症状や
置かれた状況、お母さんの理解力や子どもへのお母さんへ向き合い方などを考慮しながらの
アドバイスをしていきます。

また、療育や言語治療が必要なときは紹介先に電話を入れて受け入れの確認をしたり、
紹介状を用意したり、

その間およそ30~40分位かな、当初、この相談事業は毎回2人の子どもさんについての相談を受ける
との約束だったはず、でも、年々、相談を受けに来られる方が増え、今では、3時間の相談事業で
最大6人もの子どもさんを診ているのです(それでも半年待ち)。

シャープさに陰りを見せてきた脳みそに鞭をうち、何とか予定の人数をこなしているこの早業を
私はマジックと呼んで欲しい・・・しかし、皆、慣れちゃって当たり前だと思っているらしい・・・

皆がマジックと驚くのはこれからです。

終了予定10分ほどになると私は子どもに声を掛けます。
「Sちゃん、今日はもうお終いだからお片付け始めてね~。」家で十分にお母さんに相手をされて
いない子どもさんは決まって「イヤ」というか、無視して遊び続けます。私が、横目でチラチラ
様子を見ながら、カルテを書いたり、紹介状を用意したりしていると、周りのスタッフは時計を
気にして子どもに声を掛けます。「そろそろ終わろうか~。」「次のお友達がくるよ。」
「目を閉じているうちにできるかな~。」等々、

お母さんもたまりかねて「ほら今から幼稚園に行くよ。」「お腹すいたでしょう。」
「お母さん一人で帰っちゃうよ。」等々、子どもさんが癇癪を持っていたりすると
「イヤ~」と力いっぱい叫ばれたり、床にひっくり返られたりしています。

そこで私の出番、

癇癪の声の合間で、すかさず「まだ帰りたくないんだ。」子どもはかすかにうなづきます。
「帰りたくないのにみんなで帰れ帰れっていうから嫌なんだ。」「なるほどね。」・・・
これだけで片付ける気になるのです。あるいは、「まだ遊びたいの?」「うん。」「そうか、
じゃあいいよ、遊んで。でも、次に先生が終わりと言ったら終われるのかな?」と
いうこともあります。子どもさんの性格や理解の程度を見て、微妙に言い方を変えます。

あんなに手こずっていたのに、子どもさんがあっさり帰る気になって、スタッフはびっくりと
いうことがよくあるのです。いえ、あったと過去形でいうのが正解です。

ある日、ここのスタッフも参加した講演会、私はマジックの種明かしをしました。
「私は一度も帰れっていってないでしょう。唯々、本人の気持ちを確認しているだけですよ。」
「気持ち理解しようとしてどうしてなんて聞いてもだめですね。上手に説明できるぐらいなら
ことばの相談には連れて来られませんから・・・ウンとかイヤで答える質問にしてね・・・」

それ以来マジックはマジックで無くなり、スタッフもますます上手に子どもさんと付き合えるように
なってきましたよ。ただ、ちょっと不器用なスタッフさんは同じセリフを使っていても、
帰って欲しいというオーラが見え見え、子どもに相手にされません。

子どもに話しかける時に、先にこっちの都合(帰って欲しい)があったら、元のモクアミ、
子どもの気持ちを確認することに徹すると意外とうまくいくことがあるのです。

マジックついでにテンプレートを替えました。

ことばを教え込まないでください

kage

2012/11/18 (Sun)

長年、地域のことばの相談の担当をさせていただいています。
時が流れるにつれ相談に見える母子の姿も変化しています。母親の子どもへの声のかけ方、
手のかけ方、目線の送り方、子どもさんの体格、行動の特徴、発声や発音の間違いパターンまで、
およそ2~3年周期でまるで流行のように変化していきます。

もちろん、個性がありますから、いろいろな方が来られるのですが、最近はやたらこのパターンの
人が多いよねとスタッフでよく話題になります。
子どもは生まれながらの素質をもとに環境の中で育っていきます。時代背景という同じ環境要因の
中で似たような問題を抱えている人が多くなるのは至極当然のことなのかもしれません。

最近、私が気になっているのはことばを教え込まれたなと思える子どもさんが多いことです。

ある日、口を半開きにしている2歳6か月の男の子がやってきました。
1歳6月健診で指さしが無く、ことば数も足りないということで子育て支援センターでのプログラムを
受けてこられ、最近は成長著しく、心配が少なくなったということです。
でも、ことばがはっきりしないということで、保健師に勧められ、ことばの相談にこられました。

椅子に座らせて「Sちゃん、おはよう」と声を掛けると顎や口輪筋(口の周りの筋肉)に
バリバリ、力を入れて恥ずかしそうに体をくねらせました。
するとお母さんが「ほら、練習したでしょう。おはようございますは?お・は・よ・う・は?」
名前を聞いても同じような反応、歳を聞くとやっと指を2本差し出しました。

絵本の中で風船はどこ?などの問いにはスムーズに指さししますが、これは何と聞くと途端に体を
くねらせます。とりあえずは自由に遊ばせて様子を観察しながらお母さんに問診をします。

お母さん「この頃は何でもよく解っていると思うのですが、ことばだけが遅れているので来ました。」
私「確かにこちらの言うことはよく理解していますね。私にはことばはあまり遅れていないけど
話すのに大きな抵抗を持っておられるように見えますよ。」

Sちゃんはおままごとの道具で楽しそうに遊んでいますが、半開きの口周りは、ずっと緊張していて、
舌もやや後方に引いたような感じです。一緒に遊んでいる保健師の問いかけには「ウン」と
小さな声で答える程度です。

「お母さん、Sちゃんにことばを教えようと頑張ってきませんでしたか?
Sちゃんはどうやったら上手に言えるのだろうともがいているように見えますよ。
そして、お話しすることにすっかり自信を無くしているように・・・」

そこまで言うとお母さんの顔色がさっと変わりました。「ことばが遅れているから、もっと
話しかけてくださいと言われたからそうしてきたのです。行く先々で言われることが違ったら
私は何を信じたらいいのですか?」お母さんはかなり怒っているように見受けられました。

「話しかけることは悪くないですよ。でも、どのように話しかけたのですか?」
「絵本がいいと聞いたので、絵本を見せながらこれは何?これは?と聞いて、<みかん>を<みたん>と
言ったらそうじゃないでしょう、<み・か・ん>でしょうと、はっきり分かるように教えてきました。」

「一生懸命に教えたのにうまく言えるようにならないからお母さんも困っていたんですね。」
私はお母さんの気持ちは理解しましたよというサインを出して、せっかく相談に来られたお母さんの
気持ちが途切れないように用心深く話を進めていきました。

発音は口腔内に異常がない限り自然とよくなるものであること。しかし、周りや本人が気にしだすと
自然の音の未熟さではなく異常なひずみが生じてきてそれは治りにくい癖となること、

だから、ご家族ははいじらないで、本人や周りのお友達が気にしだす4歳を過ぎたころから専門家の
訓練に行けばよいこと等・・・。また、話しかける時に力のこもった声で言ったり、ことばを
区切っていうのは絶対にダメだということ。

「お母さん、みかんは存在するけど、み・か・ん、は存在しないのですよ。区切っていいのは
字を覚えだすとき、つまり4~5歳になって、しりとり遊びができるようになる頃ですよ。」
「実際の場面で、みかん食べる?みかんの皮をむこうね。みかん半分ずつにする?と状況に
合わせて話しかけるのですよ。」

3か月後の相談日、元気に挨拶をしながらSちゃんが入室してきました。お母さんはSちゃんが
良く話すようになったこと、以前はお母さんが絵本を持つと逃げていたのに、今は絵本を持って
お母さんを追いかけてくるようになったことなどを笑顔で報告してくださいました。

この例の他にも、口周りに余分な力を入れて、口唇を歯の間に巻き込む子や、上の前歯で下唇を
かみしめる子、下の歯で上唇をかむ子、舌を歯に押し付けている子、舌を口の中でひらひら動かす子
など、ことばを教え込まれて困っているなと見受けられる子どもさんがこのところとても多いのです。
これは、将来の歯並びの悪さにもつながります。

お母さんのご理解が今一つかなと思えるときにには早めに言語訓練に導入して、遊びの中で
<口ではなく心で話す>体験をしてもらっています。
そして十分な発達段階にある子供さんは発音の練習に入っていきます。

ことばは口で話すのではなく心で話すことを忘れないでください。
ことばは教え込むものではなく自然に話しかけられる中で習得されます。
口の形とかで教えていいのは小学生になってからだと思ってください。

アップ6カ月記念

kage

2012/11/13 (Tue)

ブログを立ち上げてからはや6か月が経過しました。
自分でも続いていることに驚いています。

私の周りで知っているのは夫、息子、業者のMさん、Tさんに加え、妹夫婦の2人が増えて6人、
アクセス数を増やすコツもよく知らないのですが、その割には訪問者も少しずつ増えてきました。

私が訪問した人たちがお礼でクリックしてくださっているだけかななんてふと思っていた頃、
仕事とプライベートなことで忙しさとストレスがマックスに達し、もうブログはやめにしよう
という考えが頭をよぎったりしました。

そんな矢先、全記事を読みましたというコメントをいただき涙が出るほど嬉しくてありがたくて、
もう少し続けてみようという気になりました。

その方は、私が先にプログに訪問させていただき、コメントは残さなかったのですが
「2人の子どもさんを一生懸命に育てておられるんだな」と思ったお母さんです。

やはり見ていただいているという責任感みたいなのが私の背中を押しました。ありがとうございました。

実は、「責任感」というのは私のキーワードみたいなもので、責任が無い部分については、至って、
おっとり、ぐずぐず、ぐじゃぐじゃなのですが、「責任」を感じるときっちり、頑張れるのです。


ブログを立ち上げる前から、ずっとどんな形で作り上げるか考えていました。

相談室みたいな形態の方がいいのかなとか、いっそホームページにして、お悩みのカテゴリー別で
見ていただく方がいいのかな、とか・・・

でも、そんなことにしたら、皆さんが期待するかどうかは別にしても、私の「責任感」が暴走して
必ずご相談いただいた内容が解決するまでは気がすまなくなりそうだし、それなら1度子どもさんを
診せてくださいと言ってしまいそうなのです。

だから今のままで、私の体験や日常のエピソードなどをお話ししながら、
その中で私が考える子育てのエッセンスみたいなことをお伝えしていけたらなと思います。

読んでいただいた中で、それぞれの方が、何か感じていただいたり、
子育ての役に立ちそうだと思っていただける所が一つでもあれば幸いと・・・

職業を明かしていますから、しっかりとした知見や科学的な根拠に裏打ちされたことをわかりやすく
お伝えするのが私の「責任」だと自覚して書いていきます。

これまで通り、ご質問がある方は、コメント欄でお気軽にお尋ねください。ただ、直接お会いできない
ので、これが一般的な解決策ですよということしかお答えできないことをご了承ください。

実際の相談場面でも1回の相談だけでは不十分で、2回目、3回目と、追加の相談の中で解決する
ことも多いのです。複雑な問題だとプライバシーにかなり踏み込まないといけないこともあり、
PC上での解決はかなり困難だと思います。

次に、他の方のブログにわたしが残しているコメントについて、一言申し上げます。

これは、いいなとか、素敵だなとか思ったことにコメントしていますが、
子育てにお困りかなと思ったら、どうしても一言、言ってしまいたくなります。

前述のように一言では何も解決しないと十分に解っているのですが・・・子どもさんがかわいそうだとか、
ご両親が苦しまれているとか思うといてもたってもおられなくて・・・申し訳ありません。

決して悪意で書いているものではありません。ただ、お困りのその場に飛び込んで行って
子どもさんやご両親の笑顔を取り戻したい気持ちになってしまうのです。
結果、ご両親を傷つけてしまってはいないかといつもハラハラドキドキしています。


自分のこと、自分の子育て孫育て、愛犬のこと、仕事上の経験、学会の動向などを通して、
子育てについて書きたいことは山ほどありますが、責任を強く感じすぎずに、マイペースで
楽しみながら続けていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

愛犬との別れ・・・それは家族との別れ・・・

kage

2012/11/06 (Tue)

前回の記事では、秋になり愛犬を亡くした悲しみがよみがえったという記事を書こうとして
いたのに、結局、愛犬との生活がスタートしたところしか書けなくて、犬ネタだけでも、
もう一つのブログを書けそうな位、たくさんの思い出があることを改めて認識しました。

さて、今日は初志貫徹、犬が逝ったときのことを書こうと思います。

昨年の3月、息子が郷里に戻って働きたいと言い出し、旧職場の仕事の整理をしている間ということで
嫁と当時1歳3か月の孫が先に我が家に同居することになりました。

前回の記事で書いたように、私は自分が望んで犬を飼い始めたのに、犬との生活には大きな戸惑いが
ありました。嫁は望んだ訳ではないのに、舅、姑に加え、いきなりの大型犬との同居です。
しかも犬は孫の3倍の大きさです。

犬との付き合い方などを教えたり、見せてあげたりする間も無く、私達夫婦は仕事に出かけなくては
ならないし、帰りは夜の8時過ぎです。嫁には戸惑いを超え、恐怖に近い感情があったと思います。

当然、犬はケージに閉じ込められることになりました。私たちが帰宅後も孫の世話や、
人数分増えた家事をこなすのにてんてこ舞いで、相手にしてやる時間がほとんどなくなりました。
家族のバランスがすっかり崩れ、そのしわ寄せはモノを言わない犬に行ってしまったのです。

同居、1週間ですっかり元気をなくし、毛づやが嘘のように消えてみすぼらしい犬になってしまいました。

この犬が危害を及ぼすような存在ではないことも理解してもらって、少しずつお互いに慣れては
行きましたが、今度は、犬がおとなしいのをいいことに孫が、大きな声をあげて叩いたり、
シッポをや耳を引っ張ったり、鼻をつかんだり・・・するようになりました。
それでも犬はただひたすら、じっとして耐えていました。

自分が体を動かせば、小さい孫にとっては危険であることがわかっているようでした。

それまでは、私たちは仕事から帰ると真っ先に、出迎えてくれた犬を奪い合うように撫でまわし、
「ただいま」を言っていました。でも、孫が来てからは、玄関先まで出てきた孫を先に抱き上げ
頬ずりをして「ただいま」を言いました。
それを見た犬は、いつも淋しそうにシッポを下げてケージに入っていきました。

そんな犬を見るに付け、私は心の中で、「今年は死なないで・・・」とつぶやいていました。

8月に息子が戻り、新居に移って、我が家にいつもの平穏が戻ってきました。
「ごめんね。ずいぶん淋しい思いをさせたね。」そういいながら、視線をやった犬の様子が変でした。

ごはんを食べるのにずいぶん時間がかかっています。食べたいのにうまくベロで運べないのです。

ベロの付け根の白いものを獣医さんに診てもらいました。舌癌、しかも悪性リンパ腫でした。
これは、見えている癌を切り取っても次々に新しいものが全身に出てくるよという意味です。

それでも、せめて12月5日の16歳の誕生日までは生きてほしいと手術を受けました。
それからの1か月はすっかり元気になり、若返ったような印象でした。

でも10月の後半からはまただんだん食べられなくなり、体もふらふら、ついに立ち上がれなくなりました。

獣医さんと安楽死のことも相談し、ずいぶん悩みました。でも、私たち夫婦は医療人です。
命を守るために仕事をしています。どうしても自分たちで命の火を消す決断はできないと思いました。

最期まで看ると決めてからは介護が楽しくなりました。帰りが遅いので昼休みにも帰って世話をします。
トイレ用シートを畳1畳分ほど敷き詰めその上に寝かせて、食べ物はどろどろのミキサー食をさらに
水で薄めてスポイトの長いようなもので口の奥の方に入れてやりました。人間と違って犬は誤嚥の
可能性が無いのでこれは楽でした。犬ももっと頂戴と言っているようでした。

最期までプライドを持っていました。何とかトイレに行こうとしてもがきました。
出てしまうと、悲しい顔をして、でも体が汚れないように頑張って、お尻をずらします。
だから、体についた排せつ物を拭いてやることは一度もありませんでした。

そしてついにご飯もいらないと拒否するようになりました。

寝たきりになって10日目、8時過ぎになった私たちの帰宅を待って、犬は旅立ちました。
最期の最期は頭を私の方に精一杯近づけようとしました。「お母さん、いい子いい子と言って」と
言っているようでした。16歳まであと20日の老犬でしたが、私たちの大事な家族でした。

愛犬との思い出

kage

2012/11/01 (Thu)

若い頃の私は、秋は大好きなくせに大嫌いな季節でもありました。

どこまでも青く抜ける空の下を歩くと、何とも言えない切なさと虚しさが入り乱れたような感情が
私を支配しました。苦しいくせに私は次の日も澄み切った少し冷たい空気の中を歩き続けました。

年齢と共に仕事上の責任と親の病気や子どもの結婚、孫の誕生などが次々に重なり、
ゆっくり空を見上げるゆとりさえなくしていました。
それとも私自身が若い頃の感受性をなくしかけていたから・・・・?
季節を感じながら生きるという自分の姿も置き去りにしてきたようです。

でも、今年の秋は、以前にも増して、もの悲しさを身にまとって私にのしかかってきます。
昨年の11月、16年間、同じ屋根の下で暮らした愛犬を亡くし、その時の記憶がよみがえってくるのです。

愛犬は黒のラブラドール・レトリーバー、盲導犬でおなじみの犬種です。
生後35日で我が家にやってきました。

夫は実家でずっと犬を飼っていましたが、室内では初めて、私は犬を飼うこと自体が初めてということで、
大型犬を室内で飼う家は当時はそんなに多くなかったこともあり、周りの人々も心配して、
初めが肝心だとか、厳しくしつけなければならないとかいろいろアドバイスしてくれました。

はじめに困ったのが排せつの躾です。なかなか犬用トイレの上にさえ上がってくれません。
仕方なく外に連れて行ってもその時はしないで、家に入った途端、ジャーッ。
そんなことを繰り返します。そして、ウンチも、ちょぼっとずつ、ポトポトポトと。

夫は実家で飼っていた犬の躾のことを思い出し、床に鼻を押し付けて「ダメ」と叱りました。
「排せつのことでは叱らないで。」という私の言葉も無視です。
すると、それからはまるっきりウンチをせずにお腹がパンパンになってぐったりしてしまいました。
夜遅くではありましたが、見てくださるという獣医さんのもとにあわてて連れて行きました。

処置してもらって元気になった犬を連れ帰った夫は「獣医さんがとってもやさしくて、人間の
子どもに話しかけるみたいに話してくれるんだよ」と自分の蛮行を反省しているようでした。

それからも失敗の後を雑巾で拭いて、消毒してとしているうちに私の手は寡婦湿疹でボロボロ。
あと何年この犬と付き合うのだろう・・・自分で連れて帰った犬なのにそんなことを思ったりしました。

我が家に来たのは冬で、床にはホットカーペットを敷いていました。私達が起きている間は
その上には乗りませんが、寝床につくとこっそり寝そべって余熱を楽しんでいます。
何度躾けてもダメです。

ある日、夫が留守だった夜に、戸締り中にもうカーペットの上にのっているのでカッとなって
払いのけるようにして「ダメー」と怒鳴りました。すると、犬は私に向かって歯をむき出し
「ウーッ」と唸りました。この犬と仲良くなれる日が来るのだろうか?

次の日に帰ってきた夫にそのことを話すと、今度は夫が本気で私に腹が立ったらしく
「この子が人間だったら、そんな叱り方はしないだろ」と言いました。

「そうか、そんな叱り方をしても何にもならないことなんて誰よりも知っていたつもりなのに。
生まれたばかりの赤ん坊なのに、母親から引き離されて、不安で一杯、
何をどうしていいのか解らないのに叱られてばかり・・・恐かっただろうね。」

それ以来、私らしい気長な躾ができるようになり、自分自身もずいぶん気楽になれたし、
犬との生活を心から楽しむようになりました。
そして、犬は私たち夫婦にとってかけがえのない家族となりました。

犬は人間同様、群れを成す動物です。家族という群れの最小単位まで人間がなくそうとしている
この時代に、いろいろなエピソードの中で「群れの掟(おきて)」を犬に教えてもらい、
それは子育ての基本になくてはならないものだということを改めて考え直したのでした。。

…続く