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❁セントポーリアが咲きました❁

kage

2013/04/22 (Mon)

皆さんはセントポーリアの花をご存知でしょうか?
園芸に興味がある方はご存知、でもそうでない方は見たことが無いとおっしゃるかも知れません。

セントポーリアは室内で栽培される植物で、小さな可愛い花をほぼ一年中咲かせてくれて、花の
種類も多く、かつては多くのコレクターがいた程の人気でした。

最近はガーデニングという言葉で象徴されるように室外での鉢花の栽培や、家庭菜園の人気に
押されてか、花屋の店先でも見かけることが少なくなりました。
セントポーリアには長時間、柔らかい光が必要なことと温度、湿度と気を使ってやらなければ
ならないことが多いことも人気の陰りにつながったのかもしれません。

私は、学生の頃、この花と巡り合い、下宿の窓辺に置いてレース越しの光を当ててやりながら、
この可憐な花を眺めるのが好きでした。

結婚してからは、鉢の数も増え、葉ざしという手法で株を増やしてはご近所にプレゼントなどという
こともしていましたが、その後、夫の仕事の都合で引っ越しが相次ぎ、しばらく栽培できない状況に
なっていました。

十数回の転居の後、やっと家を新築しました。そして、近所の花屋でセントポーリアを
見つけ、懐かしさから思わず買って帰りました。

ところが新築の我が家は形が複雑で、小さな窓はたくさんあるのですが、一定時間以上、陽が当たり
続けるような大きな窓はありません。セントポーリアは光が長く当たらないと花芽がつかないのです。
仕事があるので光を追って置き場所をかえることもできず、蛍光灯付きの専用棚を買って栽培する
ほどのゆとりもありません(本格的なコレクターは専用棚で栽培するのです)。
そうこうしているうちに付いていた花がすべて終わり、次の花を咲かせることができませんでした。

その後は、犬を飼うようになり、躾が終わる前に室内の観葉植物の鉢をすべてひっくり返し、
室内で植物を育てることをあきらめてしまいました。

それから17年、犬が逝ってから一年ほど経った昨年の秋、久しぶりに花屋の店頭でセントポーリアの
小さな鉢を見つけました。

売れ残りと見え、花は終わりに近づいていて、葉も心なし緑が薄くなって黄色くなりかけていました。
立派な鉢を買ってうまくいかなかったらショックだけれど、これならいいかっと相変わらず訳の
わからない言い訳を作って、状態が良くないのに正価のままで買って帰りました。

ついていたピンクの花は案の定、間もなく終わりました。次の花芽も一つも付いていません。
一年で日照の一番短い頃に、家にいる間だけ日の当たる場所に移してあげても全くの日照不足です。

やっぱりこの家では無理なのかな~とあきらめかけていた時、台所の片づけをしながらほとんど
使ったことの無い手元灯を発見。おそらく新築の時にレシピとかが見えやすいようにと自分でお願い
したものでしょうにその存在をすっかり忘れていました(というか、レシピを見ながらの料理なんて
この所何年もしたことがないのです)。

それから、昼間は三方に窓のあるダイニングの中で、一番光が当たっている時間が長そうな所に鉢を
置き夜は台所の手元灯の下に置いておくようにしました。『今度こそ!』それでも花芽はつきません。

そうだ、肥料もやらなくっちゃと思い出したのはひと月後です。
庭のパンジー用に薄めた液肥を、小さなじょうろの中でさらに薄めてやりました。
遠い記憶をたどって、たしか1000倍位に薄めるのが適当だと思うけど、液肥は濃すぎるとテキメン
肥料やけを起こします。だからかなり薄めにしてやりました。

それから2週間ほど経って、いつものようにそっと一枚の葉を持ち上げてみると、ありました、
ありました。ゴマ粒の半分もないような花芽が葉軸の付け根についています。

植物のこと等、何の興味も持たない夫に「ホラ、ココ、ココ」と見せても「何も見えない!」と一蹴。
それでも毎日見せて同じことをやり取りしながら、一週間ほど経ったときに夫も「これか~」と
小さな粒のようなものに気が付いてくれました。

小さな粒はゆっくりとゆっくりと大きくなり花軸も伸びていきました。
私が場所の移動を忘れていると、なんと夫が嬉しそうに「こっちが明るいよ」などと話しかけながら
セントポーリアの鉢を動かしているのです。

「なんか犬ちゃんを可愛がっていた時の気持ちを思い出したよ。」

以前、インドア夫(おっと)として紹介した夫は、動物は大好きで、犬の世話をほぼ一人でして
いました。でもその他は全くの無趣味、私が花を咲かせても、野菜を作っても、それを食べる以外は
もっぱら無関心です。でも、今回は犬を亡くした後の心の空白に、私が一生懸命になっているセント
ポーリアの姿が目に入ったのでしょうか。植物にも世話がいることがやっとわかったという感じです。

そして昨日、花が開きました。


セントポーリア

ブラインド越しの光を浴びるセントポーリア


しばらくその花を二人で愛でた後、夫は「セントポーリアにはセントポーリアの花しか咲かない
だろう。突然変異したってバラは咲かない。」と突然、話し出しました。「ハア~?」と顔を覗くと
「だからさ~セントポーリアにはセントポーリアの花しか咲かないんだけど、環境がよくなかったり、
世話が足りなかったりするとその花も咲かないだろう。だからやっぱり子育てに似ているよね。」

仕事のこと以外では、一年に一回位しかいいことを言わない夫です。
今年は早くもその名言を聞くことができました。

セントポーリアには柔らかな光が大切、光は足りないと成長が阻害され、強すぎると葉焼けして
しまいます。肥料も必要、無いと十分には育たず、濃すぎると肥料やけという現象になります。
適切な温度や湿度も大切です。

人間を育てる時にも人間が必要とする環境を整えてやることが大切です。与えるものが多すぎても
少なすぎても良くありません。偏っているのもよくありません。
その子が持って生まれた素質以外の花が咲くことはなくても、持っているものを最大に開花させる
ことができるのは親の愛情と適切な養育環境なのです。



親の養育態度について ・ 私の考え

kage

2013/04/16 (Tue)

過去2回の記事で、総務庁青少年対策本部の低年齢少年の価値観等に関する調査(平成12年12月)
の中から 『子どもの問題行動の発達的特徴とその背景にある諸要因』に関する研究を紹介し、
どのような子育てでどのような子どもが育つのか考えてきました。

ここからは私見です。

私は親の養育態度は子どもの成長とともに変化しなければならないと思っています。

赤ちゃんが生まれたら密着タイプからスタートし徐々に両高タイプ、そして管理タイプ、低関与タイプと
図を時計回りに回っていくべきだと考えています。
(前々回の記事を読まれていない方はこの図をご覧ください)
生まれたての赤ちゃんには密着タイプであるべきです。
赤ちゃんがお腹を空かして泣けば乳を含ませ、おむつが濡れて泣けば替えてやる。抱き、あやし、
赤ちゃんのいいなりの時期です。

安全が確保できていたらドタバタ動く必要はありません。でも赤ちゃんの声を無視することなく、
「お腹すいたの?」とか「おむつが濡れちゃったかな?」とか、赤ちゃんに話しかけながら
ゆっくりとでいいから必要な世話をします。

この時期には赤ちゃんの存在に違和感を持ち、わが子のような気がしないという悩みを持たれる方も
おられるようですが、赤ちゃんとはいえ初対面の人に向き合うわけですから無理もありません。
多かれ少なかれ、特に初産のお母さんはこんな気持ちを持っておられます。
あなただけではないのだから、あまり気にせずに赤ちゃんとのかかわりを楽しみましょう。
世話をしているうちに愛着が自然に生じてくるのです。

泣いたからといって間髪入れず動かなければならないということはないですよ。
赤ちゃんの方に視線と心が向いているかが大切です。

この時期は赤ちゃんにとっては人格形成の基礎のとても大切な時期です。
あまり長い空白はいけません。どうしても赤ちゃんと楽しく接することができないと深くお悩み
ならば、産後鬱(うつ)やお母さん自身の愛着障害の可能性もありますから行政の窓口(市役所や
保健所等)やかかりつけ医、もしくは心療内科、精神科などに相談されると良いと思います。

赤ちゃんがハイハイできるようになり、自分で移動する手段を身に着け始めたとき、両高タイプに
向けて赤ちゃんへの規制が少しずつ始まります。
この時期、7~8か月位から1歳6月ごろまで、赤ちゃんは新しい場所に移動しようとしたときや
新しいものに触れようとするときにしきりにお母さんの方を振り返り、これは大丈夫?って確認する
ようになります。お母さんは危険を予見したら簡潔に『ダメ』と伝えなければなりません。
後ろからダメダメといっても意味がありませんよ。きっちり止めてこれに触らない方が良いと解る
ように示してやらなければなりません。これは叱るという行為ではなく教えるという行為であると
認識して、ひとつのことから丁寧に教えてください。

赤ちゃんが自由に動けるように、危険なものはすべて取り除いて、赤ちゃんに規制を掛けなくて
良いようにしておくという考え方もあるかも知れません。でも、これではしてよいことと悪いことが
あることにいつまでたっても気が付くようにはなりません。自然にわかるようになるのではなくて
子どもは親から教えてもらってわかるようになるのです。


「『ダメダメ』ってたくさんいうからこちらの顔色を窺うようになりました。」と気にするお母さんも
おられますが、この時期は身の安全を保つために親から学習するという本能が発揮される時期で、
お母さんの顔色を窺うのはごく自然のことなのです。親は自分のために正しいことを教えてくれると
認識されればそれ以降の自我の確立期(2歳頃)もむやみに『いやいや』とはならず比較的に楽に
乗り越えていくことができます。

徐々に危険回避だけではなく、物の扱い方(投げない等)や片づけ、人との付き合い方(返事をする、
叩かない等)と、教える範囲を広げていきます。

3歳にもなると(早い子は2歳でも)物事の因果関係が見えてきて、善悪の区別もついてきます。
そうすれば『ダメ』という必要もほとんどなくなります。新しい場所や新しいものに遭遇した時には
説明が必要かも知れませんが、ほとんどの場合、自己判断ができるようになっています。

親は「これを無理矢理引っ張っちゃうと倒れてけがするかも知れないけれど、どうする?」という
ように子どもに情報を与えて子どもに判断させると、子どもは大抵望ましい判断をしていきます。

『三つ子の魂、百まで』ということわざがありますがその通りです。

その後は小学生の高学年、思春期を迎えるまではこんな感じで、両高タイプ。
子どものすることに関心を寄せ、子どもとともに遊んだり、外出したり、話をしたりしながら、
必要に応じて、情報を与え、子どもが善悪の判断を自らするように導いていきます。

思春期以降は親離れが少しずつ進んでいきます。親に内緒にしたい事、親と離れて活動したい事も
増えていくのです。
親は子どもに関心があることを表現しつつも子どもの単独の行動も少しずつ認めていきます。
しかし、子どもの行動が自分たちが決めている基準から外れていると思ったら介入が必要でしょう。
つまり管理タイプの親になっていくわけです。

私はわが子と「自分の健康を大切にする」と「他人を傷つけない」という決まりを作っていて
それを逸脱しそうなときにだけストップをかけ、こちらの意見を伝えるようにしていました。

そして最後は親離れ、子離れして低関与タイプになっていくのが自然でしょう。高校卒業位の時が
適当でしょうけれど、大学にやり経済的に支えていれば、その点についてはもう少し管理が必要かも
知れませんね。

最近の親子関係を見ると小さいころは低関与だったのに大きくなるにつれ、勉強しなさい、
習い事をしなさい、と管理することが増え、大人になっても親子が密着して子どもの自立を妨げる
という逆向きの親子関係の進展が見受けられます。

それにうまく乗っかってパラサイトの関係になる親子もいれば、途中から子どもの反撃が始まって、
家庭内暴力、引きこもりなどのケースになっている場合もあります。

そのような問題は今日始まる訳ではなく、幼い時からの積み重ねの中で蓄積されていくのです。


どのような子育てでどのような子どもが育つのか ・ 続編

kage

2013/04/07 (Sun)

前回の記事について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

前回は書かなかったのですがその研究では関わりが多い図の上方の2タイプ(両高タイプと
密着タイプ)では親も子育てに自信を持っているとあります。そして下の2タイプ(管理タイプと
低関与タイプ)では親も子育てに自信を持てないでいるようです。

前回書いた結果と合わせると、子どもと関わろうとする親は自分の子育てに自信を持って臨み、
子どももその親の育て方に肯定的な見方をしており、逆に子どもと関わりが少ない親は子育てに
自信が無く、子どもも育てられ方に否定的な気持ちがあるということです。

子どもとよく関わる親は、しつけをきちんとしようとか、逆に、子どもの好きにさせようとか、
信念を持っていて、その子ども達は規制が多かろうと少なかろうと自分の親の育て方をよいと思って
いる、つまり信念を持って自分に関わってくれていれば、子どもは親を信頼し、さらには自分にも
自信を持てているということです。

それでは子どもに規制をかけた方がよいのか、好きにさせておいた方が良いのか?
研究は『規制が少ない親の子は問題行動が多い』と結論付けています。

そして規制が少なくて且つ関わりが少ない低関与タイプになるとより深刻な事態と結びついている
ようです。

この研究は子どもの問題行動と親の養育態度の関係を小中学生について調査したものです。
だから、『規制』というあまり耳障りの良くない言葉が使われていますが、要は、親が子どもに
善悪を教えているかとか生活習慣の決まりを身につけさせようとしているかとかの基本的な
問題です。決して怒鳴ったり叩いたりして厳しく育てなさいという意味ではないのでご注意ください。
過去記事もご覧ください。(甘やかした方がいいのか、厳しくした方がいいのか?


さて、子育てに関係している分野の専門家たちは最近の親の養育態度の変化と子どもたちの
逸脱行為の多さに頭を痛めています。

要するに低関与タイプ(子どもと関わらないし、規制もしない、いわゆる放任)の親が増えてきて
いるのです。

先ほどの研究では4タイプの人数が同じ位になるように中心点が決められていますが、10年、
20年、30年前の親と比較すると確実に中心点がずれてきていると思います。
今は両高タイプに見えても以前の親たちと比較してみるとかなり低関与ではないかと。

生後間もないころからサインを出してもスマホに夢中のママに気づいてもらえず、早々と
ベビーカーにあっち向きに乗せられ(ベビーカーはどっち向き?)、家事をする時間だからとテレビの
前に座らされ、家族の人数も少なくて、とにかく今の子どもたちは人との関わりが少ない状態で
育っています。

自分に気付いてもらうためには泣き叫ぶしかなく、それが行動のパターンとして定着していくのです。
親への愛着の育ちも不十分な子どもたちは育てにくい子と認知されていきます。そして決まり事も
身につけさせてやることができず(問題だと感じていない人も多いようですが・・・)結果、低関与
の親となっています。

いくら、だめよと大声で叱っているつもりでも子どもから無視されていたらそれは規制が無い
状態だし、いくら可愛いと抱きしめていても日頃子どもの顔よりスマホの画面を見たり、鏡の前で
メークしている時間の方が長いようだったら関わりが多いとはいえません。

結果、研修会などで出会う保育士さん達や幼稚園の先生方は「以前はクラスで動き回る子は一人いる
かいないかだったのに今は約半数の子どもたちが何らかの問題を持っています。」と嘆かれます。

以前、民放の女子アナが育休から復帰して、ワイドショーで初仕事、子どもの願いは全部かなえて
いると言っていました。「だって、ママきらいっていわれたくないんです~。」と。
このママは子どものことを愛していると錯覚しているけれど本当は自分のことが一番可愛いのだと
思いました。

言いなりになってくれるからママのことを好きなのではなくて、ママだから好きだし、一生懸命
関わってくれることを欲しているのです。