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私がブログを更新できなかった訳 2

kage

2014/09/25 (Thu)

1年も前の話にお付き合いください。

昨年の秋、私の職場には4人の言語聴覚士がいました。

私が責任者で、9年目のA先生、3年目のB先生、そして前々回の記事で紹介した新任のC先生です。

毎年、7月ごろには働いている人に次年度の勤務継続についてお尋ねするようにしています。

そして退職希望者がいれば言語聴覚士の養成校に求人を出し、夏休みの間に見学に来ていただいて
秋に入職試験、面接を経て、暮れに入職内定を出しています。

今年は退職希望者もなく採用試験もしなくて良いので落ち着いて過ごせるなと思っていた矢先のことでした。

3年目のB先生が退職希望を申し出ました。少し離れているところに一人暮らしをされているお父様が
末期がんで、お父様の事業の整理をし、最期の日々を一緒に暮らしたいということでした。

そういうことであれば、一日でも早く退職をさせてあげなければなりません。

先生が担当している40人ほどの子どもたちを残りの言語聴覚士で引き継ぐわけですが、引き継ぐ側の
経験や能力にもおのずと差があり、誰が誰を担当してもいいとは限りません。

新しい担当者の空いている時間と引き継ぐ子どもさんの都合が合うのかどうかも検討が必要です・・・・
一人ひとりの保護者に都合を確認して、この人をこっちに移して、この人はこっちと大変な作業です。

新しい担当に訓練の引き継ぎ、子どもさんがその担当に慣れるまでは一緒に訓練に入る必要もあります。
発達障害を持つ子どもさんも多く、すぐに新しい担当になつくとはかぎりません。

今回は一人が新任ということもあり、当然、空き時間が一番多いこの人がほとんどの担当となる事が
できればいいのですが、やはり技術的に無理な子どもさんが多く・・・・・・
ああ~~どうすればいいの~~、
とりあえず人懐こく症状もこじれていない子を担当させることにし、B先生の訓練を見学させ始めました。

こんな大変なやりくりをしているある日のこと、私がB先生にぼやきました。

「お父さんの病気のこと、もっと早く言ってくれればよかったのにねぇ・・・・」

もともとB先生も不器用な人で3年目にしてやっと新患の担当を任せられるようになり、
この頃になってスケジュールもほぼ満杯になったところだったからです。

私の職場ではできるだけ患者さんに迷惑をかけることが無いようにお互いの情報を共有しあい、
いざというときにスムーズに動けるようにしておくという方針です。

まして、担当と患者さんが密な関係にある言語部門はなおさらです。

「すみません、rainwoman 先生。父を私が看ると決まっていなかったので・・・できるだけ長く働きたい
という思いもあって・・・・」  B先生は申し訳なさそうに答えました。


それを聞いていた新任のC先生が、場にそぐわない明るい声で話し始めました。
「そしたら、私も早く言っといたほうがいいですね。
私、彼の転勤もあるので、結婚することにしました。3月に退職します。」

「え~~~っっ! 退職しますって、退職届は院長にもう受理されたの?」

答はもちろん "No" です。自分が決めたら好きな時に退職してよいと思っていたようです。

「今は難しいですよ。とにかくB先生の子どもたちの訓練をスムーズに引き継げるように万全を
期すときですよ。」 その日の訓練終了後、彼女を部屋に呼んで静かに諭しました。

彼女もしっかり聞いてくれて涙ながらに次のようなことを言いました。
「先生、考えが浅くて申し訳ありませんでした。家族や彼にも説明して、また新たな気持ちで働きます。
先生、本当は私、学会で発表もしたいし、論文も書きたいと思っています。」

その後も時々C先生の気持ちが揺らいでないか確認しながら担当交代の手順を踏んで、
C先生の患者さんもずいぶん増えてきました。

無理して引き留めるのだからと院長はボーナスの増額をしたそうです。

ところが12月の半ば、彼女はまた、退職したいといいだしました。

理由を聞くと 「気持ちが変わるのが怖いのです。」 と。
「えっ?彼の気持ちが変わりそうなの?」

「いえ、私の気持ちです。25年生きてきて、初めて結婚したいと思ったのです。今回結婚しなかったら、
一生結婚できないような気がして・・・・。」

う~~~~ん、解らない、解らない、、、、、、

「いや、結婚はしてください。ただ、次の人の採用が決まって体制が出来上がるまでは職場に
留まってください。あなたの患者さんたちはあなたを必要としているのですよ。」



              続く・・・もう少しお付き合いください。



私がブログを更新できなかった訳

kage

2014/09/14 (Sun)

前回更新からもうすぐ1年経とうとしています。
その間も多くの人にご訪問いただき、また、コメントを頂きありがとうございました。

私は少し、抑うつ的な日々を送っていました。

体調が悪いわけではなく、仕事もいつものように(あるいはいつも以上に)こなしていましたから、
大したことではなかったのですが、、、いろいろあり過ぎて、、、

前回は義父が倒れて忙しかったと書きましたが、今度は近くに住む私の父が体調を崩し、
入退院を繰り返しました。

日頃は元気で、胆管がんの手術後で少しボンヤリし始めた母をかばって生活している父です。
買い物に行ったり、庭の手入れをしたり、また、町内の行事に参加したり、公共料金の支払いや
飛び込みの営業マンへの対応などもソツなくこなして暮らしているのですが、ひとたび体調を崩すと大変です。

重い呼吸器の病気を持っており、すぐに生死の淵を漂います。
酸素マスクをつけても全く動けなくなり会話もままなりません。

それが落ち着いたかと思うと今度は譫妄(センモウ)という状態になります。
軽い意識障害で一時的に認知症の症状を呈します。

服薬を拒否し、点滴を引き抜き、おぼつかない足で動き回り、叫び、、、、一応会話も成立しますが、
次の日になったら自分がしたことや言ったことはすべて忘れてしまいます。

完全看護の中規模の病院ですが、夜間とかは人手が足らず、家族ができるだけ付き添うようにと
依頼されました・・・・はい。あくまでも依頼です。

病院を追い出されちゃったらさあ大変。

妹にも協力してもらって、休みの日はもちろん、勤務の日も仕事に行く前、昼休み、キャンセルが入った
ちょっとした時間、仕事帰り、そして、夜間にも何度も足を運び、不穏になった父に昔の思い出などを
話しながらなだめました。

また、1日1回は母も連れていき、その後、母にご飯を食べさせたり、買い物に連れていったりと
フル稼働でした。

冬の間はこんなことを繰り返し、3月の頭に退院しましたが、やはり老夫婦の自立した生活は無理で、
掃除、洗濯、食事の世話、薬の管理と、入院中にもまして大変。どうなることかと思いましたが、、、、

4月に入り、暖かくなると、父は急に元気になり、毎日、タクシーで出かけては自分たちの食べたいものを
買ってくるようになりました。

全くの別人です。

こうなると私たちが作るものは食べたくないと言い張ります。
おまけに時にはパチンコ屋さんで遊んでいることもあるようです。

病気していても治ってもわがままな父、、、、でも、ひとまず安心です。

しかしこれを機会に母は介護保険の認定を受け、ディサービスに週2回通うようになりました。
また、行政がしている食事の宅配サービスを一日に一食だけ、お願いすることにしました。
もちろん、父は要らないと言い張っています。


いよいよ親の介護が始まりました。今は、妹と私が週に1~2回位行って、薬の管理と掃除をしています。

以前にも書いたかも知れませんが、夫の両親も健在です。4人の介護が今から重くのしかかって来そうです。


でも、私が落ち込んでいたのにはまだ全く異なる理由がありました。
またこの次、聞いてくださいね。

そのことを書き終わるとまた、子育てのことを書けそうです。


若いお母さん達を応援したくて始めたブログですが、愚痴っぽくなっている rainwoman を許してください。